アンティークシルバーカトラリーのハンドルパターン
投稿日: 投稿者:WATANABETAIGA

アンティークのシルバーカトラリーは、食事のための道具であると同時に、製造された時代の工芸技術や食文化を反映したアイテムです。
特に持ち手であるハンドルのデザイン(パターン)には多くの種類があり、それぞれに由来や特徴が存在します。
パターンから製造年代や生産国をある程度推測できるほか、そのデザインが生まれた背景を知ることもできます。
この記事ではアンティークカトラリーのハンドルパターンに焦点を当て、英国の基本的なパターンから、装飾的なデザイン、さらにフランスやアメリカなど英国以外の国で見られるパターンまで、その歴史と特徴を解説いたします。
1.英国アンティークカトラリーのハンドルパターン
カトラリー使用の習慣がヨーロッパに広まるきっかけは、メディチ家出身のカトリーヌ・ド・メディシスが16世紀のフランス宮廷にフィレンツェの料理人を迎え入れ、洗練された食文化とともにカトラリーをもたらしたことにはじまります。
英国におけるカトラリーのデザインは、18世紀初頭まではフランス式のカトラリーが主流でしたが、1750年代頃から英国独自のデザインが生まれ、18世紀から19世紀にかけて大きく変化しました。
この時期、産業の発展に伴い中産階級が台頭し銀器の需要が増加しました。
この需要が、銀職人(シルバースミス)による多様なデザイン開発を促した要因の一つと考えられます。
・初期のデザイン:「ハノーヴァリアン」と「オールドイングリッシュ」
18世紀中頃に英国独自のパターンとして定着したのが「ハノーヴァリアン・パターン」です。名称は当時の王室であるハノーヴァー朝に由来します。
デザインは簡素で、ハンドルの先端がスプーンのボウル(先端の皿状の部分)と同じ方向にカーブし、断面は丸みを帯びています。ボウルとの付け根裏側に「ラットテール」と呼ばれる補強用の突起を持つものが多く見られます。
1770年代頃からは「オールドイングリッシュ・パターン」が普及しました。
ハノーヴァリアンとは対照的に、ハンドルの先端が後ろ側に反っています。
当時のテーブルセッティングでは、スプーンのボウルを伏せて置く様式が広まりつつあり、この置き方をした際にハンドルの反りが美しく見えることから好まれたとされています。
オールドイングリッシュ・パターンは、シンプルで均衡の取れた形状から長期間にわたり生産され、英国カトラリーの基本的なデザインの一つとして定着しました。

(ハノーヴァリアン※上2点 オールドイングリッシュ※下4点)
・装飾の追加:「フィドル」とそのバリエーション
19世紀に入ると、より装飾的なデザインが求められるようになります。
これに応える形で登場したのが「フィドル・パターン」です。
このパターンは、ハンドルの根元が細く、先端が広がった形状をしています。この形状が弦楽器のフィドル(ヴァイオリン)に似ていることから名付けられました。この形状は、さらなる装飾を加えるための基礎としても機能しました。
ハンドルの縁に線刻を施した「フィドル&スレッド」、先端に貝殻のモチーフを付けた「フィドル&シェル」、そして両方を組み合わせた「フィドル・スレッド&シェル」など、複数のバリエーションが作られました。
これらの装飾は所有者の好みや経済力を示す要素でもありました。

2.「キングスパターン」と「クイーンズパターン」
数ある英国のカトラリーパターンの中でも、特に豪華で高い人気を誇るのが「キングスパターン」と「クイーンズパターン」です。
どちらも19世紀初頭の英国で生まれ、19世紀のヴィクトリア時代を通して流行したデザインです。
「キングスパターン」は1820年代に英国の銀工房ジョージ・アダムス(Chawner & Co.の一員)によって最初に制作されたとされています。
贅沢な趣味と芸術を好むジョージ4世治世のリージェンシー時代に生まれました。
フィドル・パターンをベースにより重厚で複雑な装飾を施したデザインで、ハンドルの上下には古代ギリシャ・ローマ建築に見られるアカンサスの葉や、スイカズラの唐草模様、そして貝殻のモチーフが立体的に彫刻されています。

(キングスパターン)
「クイーンズパターン」は、キングスパターンより少し遅れて登場し、キングスパターンをさらに優美に繊細に発展させたデザインです。
基本的なモチーフはキングスパターンと共通していますが、スイカズラの模様の中に、花の勲章を模した「ロゼット」と呼ばれる小さな円形の装飾が加えられているのが大きな違いです。
また、ハンドル先端のシェルモチーフの上部に小さな「玉」が存在するものが多いです。。
全体的により細やかで立体的な彫刻が施されており、女性的でエレガントな印象を与えます。

(クイーンズパターン)
この二つのパターンの違いは非常に微妙なため、アンティーク初心者には見分けるのが難しいかもしれません。
スイカズラ模様の中にロゼットがあれば「クイーンズパターン」、なければ「キングスパターン」と覚えると良いでしょう。
3.英国以外のハンドルパターン
カトラリーのデザインは英国以外でも各国で独自に発展しました。
・フランス
フランスのシルバーカトラリーは英国よりも早く17世紀頃から発展していましたが、18世紀のフランス革命で多くの貴族の銀器が溶解される結果となり、革命以前の品は希少なものとなっています。
フランスのアンティークカトラリーは、優雅で繊細なデザインが特徴です。
ロココ様式や新古典主義様式の影響を受け、リボンや花綱(ガーランド)などをモチーフとしたものが多く見られます。
19世紀末のアール・ヌーヴォー期には、植物などをモチーフとした曲線的なデザインの製品が「クリストフル社」などによって製造されました。

・アメリカ
アメリカの銀器産業は19世紀後半に大きく発展しました。
初期は英国のデザインを参考にしていましたが、次第に独自のパターンを開発しヨーロッパの伝統様式に固執しない、多様なデザインが生まれています。
「ティファニー」や「ゴーハム」といったメーカーが、それぞれ多数のオリジナルパターンを発表しました。
特に、草花などを写実的に表現した装飾的なデザインが多く作られました。

・ドイツ
ドイツのカトラリーは、比較的シンプルで機能性を重視したデザインが多く見られます。
一方で、特定のモチーフを用いた装飾的なパターンも存在します。その代表例が、ヒルデスハイムの街で生まれたとされる「ヒルデスハイムローズ」です。
これは街の聖堂にまつわる伝説の薔薇をモチーフにしたもので、一本の薔薇がハンドル全体を覆うようにデザインされています。

まとめ
アンティークカトラリーのハンドルパターンは、単なるデザインにとどまらずその意匠自体に意味があり、製造された時代の技術や文化や流行といった背景を持っています。
英国の「オールドイングリッシュ」の形状は当時のテーブルマナーと関連があり、「キングスパターン」の豪華な装飾はヴィクトリア時代の社会状況を反映しています。
同様に、フランス、アメリカ、ドイツなどのパターンにも、それぞれの国の文化や歴史的背景が見て取れます。
アンティークカトラリーを観察する際に、こうしたハンドルのデザインに着目すると、より深く楽しめるようになります。